かたすみの映画小屋
2007-04-04T01:51:36+09:00
santapapa
心に残る映画、ウキウキする映画、トホホな映画などについてをつれづれなるままにつづります。レビューは偏った主観なのでそこはそこで。トラックバックはカテゴリーの「トラックバックについて」参照。
Excite Blog
近日、封切
http://santapapa.exblog.jp/6689302/
2007-04-04T01:51:36+09:00
2007-04-04T01:51:36+09:00
2007-04-04T01:51:36+09:00
santapapa
雑記
・・・・・・ではないですが、いろいろとご心配かけてすみません。私自身の環境も気持ちもそろそろ復帰予定です。近日中にアップするエントリーもほぼできています。
こんなblogなのに、まだ忘れずに覚えていてくれて、見てくださってる方々がいるとは、本当に本当に本当に感謝に堪えません。こんなんで正直にとほほな場所なんですが(苦笑)、これからもよろしくお願いいたします。
チャンネルはそのまま(笑)。]]>
【林光】
http://santapapa.exblog.jp/5597648/
2006-08-31T23:59:00+09:00
2006-09-01T08:53:56+09:00
2006-09-01T08:53:35+09:00
santapapa
映画音楽
1931年10月22日、東京に生まれた林光は尾高尚忠に作曲を学ぶことになります。東京芸術大学作曲科に入学して中退したものの、1953年に間宮芳生、外山雄三などと作曲活動を共にし、その年に「交響曲ト調」で芸術祭賞受賞することになります。1957年から映画の音楽も手がけるようになりますが、わずか4年後の1961年には新藤兼人監督の映画『裸の島』で第2回モスクワ国際映画祭作曲賞を受賞。多くの作品を残しています。
主な作品は以下の通り(allcinema online)。
http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=267000
実は私が林光を意識した3つの作品はいずれも映画音楽とは関係なかったりします。
初めて林光の音楽を聴いていいなと思ったのは、大河ドラマの『国盗り物語』の主題曲。オーケストラの勇壮なテーマに挟まれて中間にロマンティックな旋律が聴ける音楽で、今でも好きな曲のひとつです。
そして次に気に入ったのは平日のFM放送でたしか平日の15:40~16:10に邦人の若手アーティストのスタジオ・ライブ等を放送していた『午後のリサイタル』というミニ番組のテーマ曲。弦楽によるリリカルなテーマ曲がとても好きで、いつもフェード・アウトするテーマを聴きながら、じっくり最後まで聴きたかったなと今でも思っている曲のひとつです。ちなみに、すぐその後にはいつも『軽音楽をあなたに』という番組が始まって、リチャード・ティーのフェンダー・ローズのイントロが印象的な、スタッフの「いとしの貴方(My Sweetness)」が始まったものでした。
そしてもう1曲が林光の代表作のひとつでもある合唱曲「混声合唱のための『原爆小景』」。テーマもさることながら、林光の繊細で美しい音楽を感じることができる合唱曲だと思っています。
アルバム『映画音楽 林光の世界』には代表作が16曲収められていますが、『動脈列島』も画面と共に思い出される映画音楽です。同じ意味で『第五福竜丸』も心の奥底の残るものがありました。意外なところで、大島渚監督の「問題作」(っていろいろありますけど(笑))、『帰ってきたヨッパライ』の劇中音楽も担当しているんですね。
しかし今回調べるまで、当時手塚治虫のアニメーション+実写で話題になったテレビ番組『バンパイヤ』の主題歌を含めた曲を担当しているとは知りませんでした。あれもなかなかポップで好きな曲が多かったです。
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近況
http://santapapa.exblog.jp/5595631/
2006-08-31T23:35:36+09:00
2006-08-31T23:35:36+09:00
2006-08-31T23:35:36+09:00
santapapa
雑記
新しいエントリーが出てこないのは、ネタが無いとか、燃え尽き症候群とか、阪神が勝てないとかいうところではないのですが(苦笑)、とりあえず多少忙しいのはひとつ、そして一番大きいのがここのところ1つのエントリーやコメントをアップするのに通信速度の関係からか、5分からひどい時には1時間かかることだったりします(苦笑)。まるでPC=VAN(現Bigrove)のテレホーダイの頃みたいな接続しづらさです(苦笑)。最初はblog元のサーバーが原因かと思いましたが、ノートを使って携帯経由でアップしたら実に快適にサクサク書けるではないですか(爆笑)。ということで、どうもプロバイダーが原因のようです。
そのうち問題を解決せざるをえないと思っています。このかたすみのblogを楽しみにされている方がどれだけおられるのか判りませんが、今しばし、お待ちくださいませ~~~。
店主敬白
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1:99 電影行動
http://santapapa.exblog.jp/5530401/
2006-08-21T23:15:41+09:00
2006-08-21T23:15:41+09:00
2006-08-21T23:15:41+09:00
santapapa
香港(中国・台湾)映画
香港がSARS禍に見舞われている頃、意気消沈する香港を励まそうということで、チャリティーとして作られた短編映画集です。ともかくこの手の企画ですと、目くるめく一線の監督にオールスター・キャストが結束して一致団結することだけでも嬉しい香港映画集。しかもバラエティに非常に富んで、それぞれが宝石箱の中の石のようにひとつひとつが輝いています。 ちなみに収録作品と出演者は次の通り。
『狂想曲』 監督 ジョニー・トー、ワイ・ガーファイ
出演アンディ・ラウ、サミー・チェン、ラウ・チンワン
『子ブタは体調不良』 監督 フルーツ・チャン
出演 Shine、サム・リー
『いつも笑顔で』 監督 テディ・チャン
出演 シッ・ラッイン
『信じるも信じないも ご勝手に』 監督 ツイ・ハーク
原作 ウォン・ザ
『必勝香港』 監督 チャウ・シンチー
出演 ジェニー・イップ
『ミス香港は誰?』 監督 ジョー・マー
出演 イーソン・チャン、ウー・フォン、ニキ・チャウ、 デニス・ホー
『飛んでる家族』 監督 メイベル・チャン、アレックス・ロウ
出演 アンソニー・ウォン
『運よ開け』 監督 ダンテ・ラム、ゴードン・チャン
出演 アーロン・クォック、ジジ・リョン、ウォン・ジーワー、ジョシー・ホー、ジジ・ライ
『マクダルの1:99』 監督 ブライアン・チェ
出演(声) ジャン・ラム、the Pancakes
『2003年春・追想』 監督 ピーター・チャン
出演 トニー・レオン、バージニア・ユン(クリストファー・ドイル、サンドラ・ン、アルフレッド・チョン、ポール・ウォン、ジョン・チョン)
『輝ける未来』 監督 アンドリュー・ラウ、アラン・マック
出演 カリーナ・ラウ、フランシス・ン、アンソニー・ウォン、チャップマン・トー、ショーン・ユー、エリック・ツァン、アンディ・ラウ、ジャッキー・チュン、エディソン・チャン
私は短編映画というのは短い時間ですべてを完結させる分、監督の個性が凝縮されるものだと思っていますが、まさにこの短編集はそのような作品集だと思います。しかも仕事が早く客に魅せることを知っている職人技に長けている監督ばかりですので(いえ、ここにいない監督がそうでないとは言ってません(苦笑))、一粒で12回おいしい作品でした(11本の短編とエリック・ツァンのスピーチ)。
いきなり冒頭の作品から往年の懐かしい『Mr.BOO!』のテーマソングが出てくるのが嬉しいですし、マクダルに会えたのも、私はこの映画が初めてです。『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー スーシン』とそのメイキングを見た時にも思ったのですが、やっぱりツイ・ハークってアニメーションを作りたいという願望があるんでしょうな。チャウ・シンチーは脱力系ながらいかにもチャウ・シンチーらしいし、『飛んでる家族』のアンソニー・ウォンや『2003年春・追想』のトニー・レオン等等、見所もたくさんでした。
人口とエリアの広さも関係しているのでしょうが、ひとたび何かあった時にこういう団結ができて新たな芸術を生み出す文化というのは素晴らしいと思うし、うらやましくも思います。皆の願いが通じたのかこの映画の現地公開時にはSARS禍が治まってきていたそうですが、こういう前向きな精神にはただただ感服するばかりです。
【1:99 電影行動(1:99 電影行動) 2003年 香港=フランス】
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日本のいちばん長い日
http://santapapa.exblog.jp/5524380/
2006-08-20T23:57:00+09:00
2006-08-21T11:07:08+09:00
2006-08-21T00:47:25+09:00
santapapa
邦画
東宝創立35周年記念作品として作られた当時のオールスター・キャストによる映画です。1945年8月14日から15日にかけてのポツダム宣言の受理とそれに反発する一部軍人のクーデターを描いた、当時大宅壮一監修名義で出された半藤一利によるノン・フィクション『日本のいちばん長い日』を原作としたもの。昨年お亡くなりになった岡本喜八監督による骨太の映画です。
1945年7月26日には日本に無条件降伏を求める米、英、中のポツダム宣言を受諾するかどうかで閣議が開かれますが、国体の護持にこだわる勢力や戦争を続けることにこだわる勢力もあり、ポツダム宣言の受諾は保留。そして、8月6日に広島に、8月9日に長崎に新型爆弾が投下されます。その後も受諾を巡って天皇の地位に関しての条項の解釈で意見がまとまらず、結局8月13日夜半の特別御前会議の天皇の発言でポツダム宣言の正式の受諾を決定、終戦詔書を宮内省で録音して8月15日に流すことにします。ところが、反対派の陸軍青年将校らはクーデター計画を企て、師団長を殺害、宮城の占領と放送局の占拠を実行します・・・・・・。
結果が判っている歴史的な事件を扱っているのですが、全編に流れる緊張感のすごさには圧倒されます。モノクロームの画面で160分近くと決して短い映画ではないのですが、一気に最後まで目を離せない映画になっています。夏の暑さを感じさせる汗の染み出た軍服、岩波文庫を持つ若者、夜間厚木基地の壮行会に集まって日の丸を振る市民など、実に丁寧な描写をした演出と編集、これだけ登場人物の多い群像劇にもかかわらず通して映画を見ただけで判り、印象的なセリフが数多くある脚本、そして、当時一線の俳優たちによる丁々発止の時には鬼気迫る熱演と、見所が多い作品になっています。何よりも「カタい素材」である敗戦日の物語を、これだけ魅せて惹きつけることができる映画に作れたのは素晴らしいとしか言いようが無く、またこのような映画が今後どれだけ作られるであろうかと思わざるをえません。
20分近いアバン・タイトルの途中で大西海軍軍令部次長は強い口調で言います。
「もうあと二千万、二千万の特攻を出せば、日本は必ず、必ず勝てます。いや、もうあと二千万、日本人の男子の半分を特攻に出す覚悟で戦えば!」
今の我々の基準ではまったく正気の沙汰ではないこの言葉は、当時の軍人であれば出してもおかしくない言葉だったのかもしれません。そういう言葉を出すことが正論のひとつであると思われた社会になってしまったのは何だったのか、それを考えていかないと同じような社会が来ないとも限りません。過去を省みず失敗をうやむやにするような姿勢は同じ失敗を生み出す可能性は大きいものですから。
映画では途中、三船敏郎扮する阿南陸相に、後の日本の復興を知る岡本喜八監督はこう言わせています。
「たとえ歴史がどう変わろうとも、日本人のひとりひとりがそれぞれの立場で生き抜き、耐え抜き、そして懸命に働く。それ以外に再建の道は無い」
そして、ラストに「太平洋戦争に兵士として参加した日本人 1,000万人(日本人男子の1/4) 戦死者 200万人 一般国民の死者 100万人 計300万人(5世帯に1人の割合で肉親を失う) 家を焼かれ財産を失った者 1,500万人」というテロップと仲代達矢のナレーションが流れます。
なお、原作の『日本のいちばん長い日』については今年の7月に決定版と銘打たれたものが、文庫として出ています。
『決定版 日本のいちばん長い日』半藤一利(文藝春秋社文庫)
【日本のいちばん長い日 1967年 日本】
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ハンニバル (1960)
http://santapapa.exblog.jp/5497107/
2006-08-16T23:27:00+09:00
2006-08-16T23:51:16+09:00
2006-08-16T23:27:43+09:00
santapapa
洋画一般
『ハンニバル』と言っても2001年のアンソニー・ホプキンスが出た映画でも、猟奇的な殺人鬼が出る映画でもまったくありません。世界史で誰しもが学んだ紀元前3世紀も末期のカルタゴの英雄、ハンニバルを描いた1960年の歴史スペクタクルです。私にとって『ハンニバル』と言えばこの映画だったもので、2001年のものはてっきりこのリメイクだとばっかり思っていました(苦笑)。 都市国家ローマは次第に力をつけて地中海の覇権を握ろうとし、紀元前246年にはカルタゴとのポエニ戦争が始まります。イベリア半島を制圧したカルタゴのハンニバル・バルカ(ヴィクター・マチュア)は連合軍の兵隊と運搬兼「戦車」である象を引き連れて、誰もが無謀と思われたアルプス山脈を越えてイタリア半島に攻め入り、ローマ軍を蹴散らします。ローマの元老院ファビアス・マシマス(ガブリエレ・フェルゼッティ)の姪シルビア(リタ・ガム)を捕虜にしたハンニバルは、自分の軍の強大さをローマ人に伝えるためにあえて彼女を釈放します。ところがそれを寛大な心と勘違いしたシルビアはハンニバルに心引かれるようになります。ローマを討たんとして進軍するハンニバルに会いたいがためにシルビアはローマを抜け出しますが、彼女を追ったローマ軍がハンニバルを襲うことに。危機を脱したハンニバルですが、シルビアはローマに連れ戻されて寺院に監禁されます。しかし、シルビアは寺院を抜け出ると・・・・・・。
歴史上の人物ハンニバルのローマ攻略の史実を元にした映画。この頃は一大スペクタクルの史劇がいくつか作られた頃で、1959年にリメイクされた『ベン・ハー』、1960年にスタンリー・キューブリック監督の『スパルタカス』と同時期です。1963年にはエリザベス・テイラー主演の『クレオパトラ』も作られていますね。
学生時代の歴史の先生が本当に歴史好きな人で、歴史上事件について熱く語り始めると止まらなくなる人でした。このハンニバルの物語にしてもそうで、まるで見てきたかのように熱心に語っていた(笑)のを思い出します。実際、このハンニバルのアルプス越えと、『国姓爺合戦』での鄭成功の鹿耳門の突破は、思いもよらない奇襲が鮮やかな歴史の物語として心に刻まれています。
映画では、前半いきなりクライマックスのアルプス越えです。第二次ポエニ戦争の始まりからのハンニバルの半生が愛を絡めて描かれています。膨大な制作費と10万人のエキストラを使ったという割にはスペクタクル度がちょっと乏しい気がするのが残念。音楽は『鉄道員』のカルロ・ルスティケリ。ハンニバルの物語は魅力的だけに、ぜひ再び映画化される日が来ればいいなあと思っています。
ちなみにローマ側からすれば憎き敵ですから、ハンニバル亡き後、ローマの人間によって彼は残虐だという噂が流布されたそうで、例のハンニバル・レクター博士の名前もそれが由来だとか。この映画では平和を願う人物として描かれています。
ハンニバルについては新潮文庫から出ている塩野七生の『ローマ人の物語』のシリーズの中で、第3巻から第6巻が「ハンニバル戦記」という副題がついています。この3冊だけ抜き出して読んでも非常に心踊る波乱万丈の物語になっていますので、興味があるようでしたらぜひ読んでみてください。学校の歴史の教科書の文字面からだけでは得られることの無い、濃厚な歴史のドラマを感じることができる良書です。
『ローマ人の物語 (3)~(5) ― ハンニバル戦記(上)~(下)』塩野七生
【ハンニバル(HANNIBAL/ANNIBALE) 1960年 USA=イタリア】
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ストーカー (1979)
http://santapapa.exblog.jp/5490733/
2006-08-15T23:44:31+09:00
2006-08-15T23:44:31+09:00
2006-08-15T23:44:31+09:00
santapapa
洋画一般
『ストーカー』と言っても2002年のロビン・ウィリアムズが出た映画でも、執拗に特定人物につきまとうといった映画でもまったくありません。まだそういった「ストーカー」という言葉が世間で言われていなかった頃=1979年のSF映画。私にとって『ストーカー』と言えば、『惑星ソラリス』のアンドレイ・タルコフスキー監督のこの映画が一番に頭に浮かびます。 隕石が落ちたらしいその場所では奇妙な現象が起き、軍隊を派遣したところ全滅。それ以来立ち入り禁止区域となって封鎖されて、有刺鉄線が張り巡らされて厳重な警備の下、誰も立ち入らないように見張られていました。その場所は、「ゾーン」と呼ばれるようになります。20年後のこと、ストーカー(アレクサンドル・カイダノフスキー)は妻(アリーサ・フレインドリフ)の制止を振り切り、何度目かの「ゾーン」への案内役を買って出ます。「ゾーン」への進入を希望しているのは物理学者の「教授」(ニコライ・グリニコ)と流行小説が売れている「作家」(アナトリー・ソロニーツィン)のふたり。3人は「ゾーン」を警備する警官隊の銃弾を避けながらなんとか「ゾーン」に進入することに成功します。「ゾーン」に隠された秘密、「部屋」、そして3人がそれぞれ胸に秘める思惑が交錯して・・・・・・。
タルコフスキー監督の中でも特に映像美が全編に渡ってすばらしい映画。荘厳な美を感じた映画です。「ゾーン」の外での「色使い」、「ゾーン」のいろんな場面での廃墟のような景色、さまざまに形を変えて現れる水、そして去り行くものは霧の向こうに姿を隠して行きます。廃墟にも似た風景は心を掻き立てる魅力を持っていて、自分もその風景の中に入って抱かれたくなるような闇の引力を持っています。そして生命の源である水のある場面と、水の音。言葉に表せない魅力です。
映像だけの魅力だと単なる凝ったBGVになってしまいますが、シリアスな展開の中での登場人物のからみと会話が魅力です。原作に『収容所惑星』などで知られるアルカージー&ボリス・ストルガツキー兄弟の小説を用いて、映画ならではの映像で独特の世界観を構築しています。私自身は無宗教でかつ宗教に対してあまり好意的でない人間なのですが、芸術分野における宗教の影響とその敬虔なる世界については感じるものが多く、この映画でも人がなにかしら拠り所を求める中での「救い」と「奇跡」を描いた名作だと思います。
わざと「雑音」に混じって聴こえるラベルの「ボレロ」やベートーベンの「歓喜の歌」が印象的な映画でもあります。音楽は『惑星ソラリス』のエドゥアルド・アルテミエフ。
ところで今のDVDジャケットの画像はなんだか映画のイメージとはずいぶんと違う感じが(苦笑)。まだ、CDケース・サイズの頃のジャケットがましだったような。この映画のプロモーション画像でよく犬が映ったシーンが使われていましたが、そのせいでその画像が印象的なんですよね。
【ストーカー(STALKER) 1979年 USSR】
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第三の男
http://santapapa.exblog.jp/5471468/
2006-08-12T23:42:27+09:00
2006-08-12T23:42:27+09:00
2006-08-12T23:42:27+09:00
santapapa
洋画一般
「第三」という言葉は人の興味を喚起するらしく、「第三」、「第三の~」と名づけられたものは数多くあります。映画の題名ではよく知られてるのが、『第三の男』。 第二次世界大戦直後のウィーンは四ヶ国の占領下にあり、独特の雰囲気が漂う場所。そこに現れたのはUSAの自称三文作家ホリィ・マーティンス(ジョゼフ・コットン)。彼は古くからの友人ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)から仕事を紹介してくれるということでウィーンを訪れたのですが、なんとハリーは交通事故で死亡したということで、墓地で葬式が行われていました。その場にいたイギリスのキャロウェイ少佐(トレヴァー・ハワード)にハリーが闇屋をやっていたと聞かされたホリィ。そしてハリーと懇意であったという女優のアンナ(アリダ・ヴァリ)に会ったホリィは、ハリーの死の真相を探ろうと調査をはじめます・・・・・・。
モノクロームの映像が強烈に印象的な映画です。カメラマンの展覧会の写真のように、どのシーンを見ても陰影と構図がきれいで視覚的に「目においしい」映像に見えました。空気も含めた雰囲気がフィルムから直に伝わってくるような気がします。またそれだけに、遊園地のシーンや下水道のシーン、そしてラスト・シーンと印象強く刻まれている場面も多いです。
ストーリーはサスペンス・タッチで、過去からも含めた情報量の多い現代においては意外性やハラハラドキドキ感では今更おどろくほどの話でもないのですが、基本がきっちりとしているので話に大きな破綻がなく、また演出もテンポがいいので最後まで惹き込まれて見てしまいます。「恐怖で衝撃で温泉の湯煙がなんちゃら~」というのに比べれば、しっかりサスペンスしてますし(笑)。
しかし一応主役であるはずのホリィ・マーティンスがかわいそうでかわいそうで(苦笑)。あそこまでマヌケな名前だのなんだの言われる筋合いはないと思うんですけどね(苦笑)。
そして、アントン・カラスのチターによるテーマも一聴するとミスマッチのような気がするのですが、見ていくと映画とは切っても切り離せないぐらい印象的に感じるですね。曲名や映画の曲だと知らずにメロディを知っている人も多いかもしれません。そういえば、昔ムーンライダーズが映画をテーマにしたアルバム『カメラ=万年筆 CAMERA EGAL STYLO』でこの『第三の男』のムーンライダーズ風ダブ・バージョンが収められていました。
この映画とアントン・カラスについては軍司貞則のノン・フィクション『滅びのチター師―「第三の男」とアントン・カラス』というのが文春文庫から出ています。当時のヨーロッパの時代背景の中でアントン・カラスがこの映画に採用されて曲が作られらたエピソードや、一躍有名になったアントン・カラスがその後ウィーンの音楽界から黙殺されたことまでが記されていて、大変興味深いノン・フィクションでした。この映画に興味のある方にはぜひともご一読をおすすめします。
『カメラ=万年筆 CAMERA EGAL STYLO』ムーンライダーズ
『滅びのチター師―「第三の男」とアントン・カラス』軍司貞則
【第三の男(THE THIRD MAN) 1949年 UK】
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ロボ道士 エルム街のキョンシー
http://santapapa.exblog.jp/5458769/
2006-08-10T23:45:47+09:00
2006-08-10T23:45:47+09:00
2006-08-10T23:45:47+09:00
santapapa
香港(中国・台湾)映画
まあ、フィルマークですから(苦笑)。 映画会社から清朝最後の皇帝溥儀を登場人物にした脚本を頼まれたジョイスは助手のシンディと一緒に別荘にこもります。その道行きに偶然道士に出会いますが、別荘についてから次々に謎の殺人が起こります・・・・・・。
この映画、ストーリーがよく判りません(苦笑)。なんとか整理して書こうかと思ったのですが、私の理解力・読解力では上記が関の山です。なんか思いつきで脈絡なくストーリーが飛んで行って、ラストに至るまでいったいどういう話だったのか、よぉ判らんです(苦笑)。
この映画、何をしたいのかよく判りません(苦笑)。ホラーにしては全然恐くないしなあ、挿し挟まるギャグのようなものは今一歩理解できないしなあ。
この映画の音楽、すごいです(苦笑)。冒頭や途中のローカルFM局でかかってそうな場に合わないさわやかフュージョンがあったり、途中はいかにもチープなシンセサイザーの使い方が盛りだくさん(苦笑)。思わず、「これだったら私に仕事ください」と言いたくなってしまいます(苦笑)。
で、原題が『THE VAMPIRE IS ALIVE』という割に邦題が物々しいですが(笑)、ロボ道士らしき代物は最後のあたりに出てきます。とーとつに(笑)。一応『ロボコップ』あたりを意識しているのでしょうか?(苦笑)なんだか忘年会の仮装大会の方がマシなような銀のジャケットを着た姿は、まだ消防士の方がかっこいいです(苦笑)。
エルム街というのは指に長い鉤爪を持ったバケモノのことでしょう。ご丁寧に、
「怪物ではない。昔は人間ではない。おれの名は腐霊泥(フレディ)」
と自己紹介をします(爆笑)。原語はどうなっているのかわかりませんが(「ふれでぃ」とは言ってません(苦笑))、なんだか夜間バイクで集団走行してスプレーで壁に漢字の書き取りする方々みたいですよね(苦笑)。
で、キョンシーも出てきます。一応キョンシーらしい姿ですが、化粧も衣装も動きもちょっと微妙(苦笑)。中でもプールに潜入しているキョンシーが、水着姿の女性の後ろの水中を平泳ぎしている姿はキョンシー映画が多々ある中でもこの映画だけではないでしょうか?(爆笑)
そうそう、ニンジャもちょっとだけでるよ(爆笑)。とーとつに(笑)。まあ、フィルマークですから。
とにかく見るだけで仮死状態にまで脱力し、時間を無駄にして後悔するにはうってつけの映画です(苦笑)。し、しかし、どうやったらこんな映画を量産できるんでしょうか?(苦笑) 劇場未公開でビデオでは出ているものの、DVDでは出てません。いや、出さないでください(泣)。
【ロボ道士 エルム街のキョンシー(THE VAMPIRE IS ALIVE) 1988年 香港】
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蟻の兵隊
http://santapapa.exblog.jp/5452371/
2006-08-09T23:55:00+09:00
2006-08-12T22:34:46+09:00
2006-08-10T00:13:19+09:00
santapapa
邦画
蟻は小さく、集団で黙々と働き、そしてヒトの大きな手ひとつでつぶされる生き物。 1945年8月15日、ポツダム宣言の受諾によって終戦を迎えた日本ですが、中国の山西省にいた日本軍の一部の部はが武装解除をすることなく中国に残留、後に中国国民党軍に編入されて中国共産党軍との内戦を戦っていました。やがて捕虜になったりして帰国した彼らは日本政府によって逃亡兵とみなされます。政府は残留日本軍が自らの意志で勝手に戦争を続けたとの立場をとり、責任追及から逃れている軍司令官の命によるとの主張を退け、元残留兵たちへの戦後補償を拒み続けているとのこと。その元日本兵のひとりが80歳の奥村和一。この映画では奥村和一にスポットを当てて日本軍山西省残留問題を描き出しています。
先のエントリーで挙げた『私は「蟻の兵隊」だった』で初めて日本軍山西省残留問題を知り、興味を持って映画を見に行きました。
一人の行動をずっと追いながら撮っていくドキュメンタリーでは原一男監督の『ゆきゆきて神軍』が奥崎謙三の「自分を創るキャラクター」も相まってインパクトのあるドキュメンタリー映画になっていましたが、この映画では非常に素直な部分を感じさせる元日本兵の奥村和一を生活、裁判、そして事件の現地を訪ねる場面をじっくりと追った作品になっています。
正直なところ、この事件については一つ前にエントリーを挙げた岩波ジュニア文庫の『私は「蟻の兵隊」だった』を読めば系統だてて深い理解ができると私は思います。また、個人的にはドュメンタリー映画の編集や採音などの技術としてもうひと工夫してほしいと思うようなところもありました。しかしながら映画には映画ならではの映像が見せる部分があって、いくつかの印象深いシーンがありました。ひとつは奥村和一が「日本兵に戻る」シーン。もうひとつはつらい思いをした劉面煥の訥々とした体験を話された後に諭される場面、そして小野田寛郎とその周りを取り巻く仲間の目です。これらについては映画でなければ感じることのできないストレートなものを受け取りました。
先日、雑誌「世界」に今年3月まで連載されていた『戦争で死ぬ、ということ』(島本慈子・著/岩波新書)が出版されましたが、ここでも同じようなことが映画の中のひとつのテーマになっています。戦争という「イベント」において、いかにたやすく人は殺人者になるのか、そしてその異常な実態を何が作り出しているのかが、幕の袖から見えてくるような気がします。
今、たまたまこの場所では平和がありほぼ自由な発言ができる環境にありますけど、ひとたび何かが起こった時にそれが保証されるとは限りません。ましてや仮に周りと同じでないことに不安を覚え、周りがやっていれば、見つからなければ、いくらでも自分を偽ることができ、事が過ぎれば「責任者」の断罪でリセットするような社会や国があったとしたら、その社会や国はどうなることでしょう。
我々は成長していく若者や生まれてくる子供達にいったい何を残すことができるのでしょうか。歴史を学ぶということは、決して年号を暗記することではなく、経験から誤りを回避するためのものだと思います。貴重な経験を消え去る前に残すことは大変大事なことだと思います。この映画を見ることができてよかったと思うし、過ちを繰り返さないためにも語り継いで生きたい映画のひとつです。
『蟻の兵隊』公式サイト
【蟻の兵隊 2006年 日本】
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私は「蟻の兵隊」だった
http://santapapa.exblog.jp/5452236/
2006-08-09T23:03:00+09:00
2006-08-10T00:00:49+09:00
2006-08-10T00:00:49+09:00
santapapa
映画本
映画『蟻の兵隊』の上映に先立ち、岩波ジュニア新書から発売された図書です。『私は「蟻の兵隊」だった -中国に残された日本兵-』というタイトルで、名義は元日本兵で体験者である奥村和一と聞き手の酒井誠。最終章の「映画『蟻の兵隊』を巡って」では監督の池谷薫も対談に参加しています。
時系列に添って系統立てて書かれているために非常に読みやすく理解しやすい本。人によって好みはあると思いますが、対談形式であることも読みやすさのひとつかもしれません。私はこの本を読んで映画に興味を持ち、見に行きましたが、本の性格上情報量が多いので読んでおいた方がより深い理解につながると思います。
映画本編では触れられなかったことも多く、特に資料探しに図書館通いをして防衛庁防衛研究所図書館などの資料を調べたところ、後に情報公開法の施行後に資料の一部があたかもなかったように削除されていたというのは興味深い話でした。ちょうど先日文庫化されて読んだ『隠された証言 -日航123便墜落事故-』(藤田日出男・著/新潮文庫)にもまったく同じように情報公開法の施行後に資料が隠されていくことに対する記述があり、故意の隠蔽によって情報公開法の趣旨を亡き物にしようとする姿勢がいたるところにあることを感じます。何のためにそのようなことをするのか、意図はほぼ明確です。その行き着く先に真実を見つけることはとうてい無理でしょう。しかし、そのような社会を作り出している人が確実にいるのです。
なお、以前にも黒木和雄監督の『私の戦争』で述べたように、私は岩波ジュニア新書はいい本が多いと思うのですが、どの新書にも奥付の次の頁にある「岩波ジュニア新書の発足に際して」は、折に触れて読み返す文章です。
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ロイ・ビーン
http://santapapa.exblog.jp/5445036/
2006-08-08T23:51:00+09:00
2006-08-09T00:22:22+09:00
2006-08-08T23:51:36+09:00
santapapa
洋画一般
『西部の男』にも登場する実在だったという判事ロイ・ビーンを主人公にした物語。ジョン・ヒューストン監督、ポール・ニューマン主演によるちょっとコメディ・タッチも入った「オトコの生き様」を見せてくれる映画です。 19世紀末のテキサスでは、ペコス川を境にその西側では法律も正義もなく、暴力と無秩序とガラガラ蛇だけがある世界でした。その町に現れたのは強盗をやってきたというロイ・ビーン(ポール・ニューマン)。酒場に入ったのはいいのですが、土地の荒くれどもにフクロにされて叩きだされます。気がついた時、目の前にいたのはメキシコ系の少女マリー・エレーナ(ヴィクトリア・プリンシパル)。心配そうに見つめる彼女から拳銃を借りたロイ・ビーンは酒場に戻ると皆殺しにします。ロイ・ビーンはその酒場に居つくと、まだ見ぬ心の女神である大女優リリー・ラングトリー(エヴァ・ガードナー)のニックネームからジャージー・リリーという看板をつけて法廷にすると、壁にリリー・ラングトリーの大判ポスターを貼り、勝手に判事を名乗って5人の保安官を任命し、町の法律を自認します。通りがかったグリズリー・アダムス(ジョン・ヒューストン)の残した黒熊と一緒に生活を始めたロイ・ビーンは、数々の悪党を相手にしては縛り首や射殺しますが、ある日弁護士のガス(ロディ・マクドウォール)という男が現れて・・・・・・。
世の中、まあ「オレが法律だ」と言うヤツに限ってロクなヤツはいません。このロイ・ビーンも独善的で、結構行き当たりばったりで、人を簡単に殺すオレ様人間だったりしますが、これが憎めないんですなあ。映画の中の人物だからというのはもちろんあるのですが、強いところも弱いところもとても人間臭くて魅力的です。それに加えて勝気で情の深いメキシコ娘マリア・エレーナ役のヴィクトリア・プリンシパル、ロイ・ビーンの憧れの君であるリリー・ラングトリーに扮するエヴァ・ガードナー、そしてロイ・ビーンの娘役に扮する若きジャクリーン・ビセットと、登場場面は少ないものの華麗な花である女優陣もメリハリが効いています。
全編、一見シリアス・タッチでありながら、真面目な顔でコメディをやっているところがいいですな。神父を始めとする登場人物の独白なんか好きです。また、黒熊くんがいい味だしてましたね。ただでさえかわいさ100倍なんですが、アンディ・ウィリアムスの曲をバックに2人と一匹でピクニックに行く場面なんか最高に場違いで楽しいです(笑)。それでいて最高にカッコイイ最後の登場と、そしてオルゴールのシーンとラストのリリー・ラングトリーのエピソードはぐっと泣かせます。
音楽はモーリス・ジャール。普通の西部劇とはちょっと違ったタッチのサウンドトラックですが、雰囲気がぴったりでした。『テキサス1の赤いバラ』ならぬ「テキサスの黄色いバラ」は物語のポイントにもありますが、心に残りますね。
とにかく、ストレートで、乱暴で、バカで、女に弱くて、一途で、純情なロイ・ビーン。会うことがあれば言ってみたいです。
「ロイ・ビーン、あんた、オトコだよ」
【ロイ・ビーン(THE LIFE AND TIMES OF JUDGE ROY BEAN) 1972年 USA】
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BLACK
http://santapapa.exblog.jp/5431752/
2006-08-07T04:04:13+09:00
2006-08-07T04:04:13+09:00
2006-08-07T04:04:13+09:00
santapapa
インド映画
多くの人が知っているであろうヘレン・ケラーとアニー・サリヴァン先生の克服の物語。1962年、そして1979年に『奇跡の人(THE MIRACLE WORKER)』として映画化もされています。
その物語をベースに設定を変えて独自の視点から撮られた映画が『BLACK』。『KHAMOSHI THE MUSICAL』で映画監督デビューをしたサンジャイ・リーラ・バンサーリー監督の4作目に当たる映画で、2005年にインドで上映されて感動を呼び起こして大評判に。昨年のインドのFilm Fare Awardで作品賞、主演男優賞、主演女優賞、助演女優賞、監督賞を受賞したそうです。
インド映画なのですがミュージカル・シーンがなく、また上映時間も2時間弱といった一般的な映画に近い仕様で、ストーリー、映像、演技、演出がどれも素晴らしい心に染みる映画だけに、ぜひとも日本の劇場で上映してほしいと思う作品です。 デリー北部のシムラーのある冬。ミシェル(ラーニー・ムカルジー)と母キャスリン(シェルナーズ・パテル)は車で昔の家の傍を通った時に、噴水の畔に佇む老人を見かけます。彼こそはミシェルの恩師であり12年前に姿を消したデブラジ・サハーイ先生(アミタブ・バッチャン)でした。しかし、サハーイ先生は認知症の進行によってミシェルのことが判りません。病院に収容されたサハーイ先生を見舞いながら、ミシェルの心は幼い頃からの記憶に飛んでいきます。
裕福な家でポール・マクナリー(ドリティマン・チャタルジー)とキャスリン・マクナリーの間に生まれたミシェルは、2歳の時に病気が元で視力と聴力を失い、言葉を喋ることができずにどうしたらよいのか判らない両親の下、放任されて成長します。他人とのコミュニケーションの手段をほとんど持たず、自分の感情を抑えることのできないミシェル(子役/アーイシャ・カプール)は食べ物を食い散らかし、蝋燭を倒して火災未遂を起こし、赤ん坊の妹サラを揺りかごから放り出したりしてしまいます。その獣にも似た行動をもてあました父ポールは8歳のミシェルを病院に入れることを決意。母キャスリンは最後の望みとして家庭教師を雇うことにします。マクナリー家に来たのは元アルコール依存症で視力が衰えた教師サハーイ。サハーイ先生はペットのようにミシェルにつけられた鈴を外し、ミシェルを厳しく教育することを始めます。サハーイ先生がミシェルに初めて皮膚を通じて教えた言葉が闇を表す「BLACK」でした。
ところが叩くことも辞さないサハーイ先生の厳しい教え方に不安を募らせた両親は、間もなくサハーイ先生を解雇することにします。しかし、サハーイ先生もミシェルの将来のことを考えると引くことができず、母キャスリンを説き伏せて20日間の父ポールの出張中にミシェルと向き合い、集中的に教育をします。だがあまりにも短期間だけにその進捗はあまり芳しくなく、礼儀作法は少し身についたものの、言葉とその意味がまだ結びつかせることができません。そうして出張から帰った父ポールは激怒、サハーイ先生を即座に追い出し・・・・・・。
冒頭から物語に引き込まれて、気がついた時には涙を流していました。ヘレン・ケラーとアニー・サリヴァン先生の話が元にはなっているのですが、そこにサンジャイ・リーラ・バンサーリー監督独自のひねりが加えられていてそれがとても切ないです。そして、ラストまで見て明日を信じたいと思う気持ちになれる心に染みる映画でした。映画のタイトルでもある『BLACK』、それが単に「黒」でも「闇」もないことを語るミシェルの「言葉」を始めとして、深い映画であるように思います。
デビュー作の『KHAMOSHI THE MUSICAL』もこの『BLACK』も見て思うのは、この監督は人と人の絆を決して表面的ではなく、丁寧に細かく優しい気持ちで描写するのだなあといった印象です。だからこそ、主人公のみならずそれぞれの登場人物の気持ちが伝わってきて心が温かくも切なくもなってくるのではないでしょうか。そしてそれに答える素晴らしい俳優陣。インドのFilm Fare Awardで主演男優賞、主演女優賞、助演女優賞を受賞したそうなんですが、充分納得のいく迫真の演技が素晴らしい。サハーイ先生を演じたアミタブ・バッチャンは見かけの雰囲気もさることながら、場面場面に応じた表情に加えて目が生きたり死んだりしてますし、ミシェル役のラーニー・ムカルジーも三重苦の女性をこの上ないと思われるような熱演。そして、新人の子役だというアーイシャ・カプール!その表情と動きには演技にはとても見えないぐらいに鬼気迫るものがありました。
『KHAMOSHI THE MUSICAL』も美しい映像が目を惹きましたが、この映画では技術の進歩もあってか全編美しい映像と演出がなされていてそこも見ごたえがあります。ミュージカル・シーンは無いものの、サウンド・トラックはストリングスを主旋律に使った情緒的なもの。私の好みからするとちょっと情緒感たっぷりすぎるきらいがある気もしますが、映像にはよくマッチしています。びっくりしたのが2時間弱の映画なんですけど、真ん中当たりにしっかりインターバルがあるんですね(笑)。習慣上つけないと座りが悪いのでしょうか。
この映画、現在は輸入DVDでしか見ることができないのが残念。英語字幕がついていますが、平易な訳なので理解しやすいと思います。また、インド・アジア雑貨専門店「ティラキタ」ではWindows PC用に再生時に同時に見ることができる日本語字幕を用意したセットを出しているそうです。サンジャイ・リーラ・バンサーリー監督の映画は、日本では今までに1999年の第2作目『ミモラ 心のままに』しか劇場公開されていませんが、『KHAMOSHI THE MUSICAL』と共にこの『BLACK』はぜひとも日本で劇場公開してほしいものです。
【BLACK 2005年 インド】
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ガメラ対宇宙怪獣バイラス
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2006-08-06T23:51:28+09:00
2006-08-06T23:46:14+09:00
2006-08-06T23:46:14+09:00
santapapa
邦画
前年の『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』に続く昭和ガメラ・シリーズ第4作目。『ガメラ対大悪獣ギロン』や『ガメラ対深海怪獣ジグラ』等、これ以降のガメラ・シリーズの元になる転換期の作品です。 宇宙の彼方から地球目指してやってくる宇宙船。それはバイラス人の宇宙船で地球を征服にやってきたのですが、そこに現れたガメラによって破壊されました。日本ではボーイスカウトのキャンプで仲良しの中谷正夫(高塚徹)とジム・モーガン(カール・クレイク)が、小型潜水艇で潜航している最中に海底でガメラに出会います。ところがそこにバイラス人の次の宇宙船が到来、スーパーキャッチ光線でガメラと潜航艇を捕獲。ガメラは必死に力を振り絞り、正夫とジムの乗った潜航艇をスーパーキャッチ光線の中から逃がします。ガメラの弱点を知ったバイラス人はガメラに脳波コントロール装置をつけて操ると都市を破壊、正夫とジムを人質に取って国際連合に降伏を迫ります・・・・・・。
ガメラ・シリーズ初の宇宙怪獣、イカ系怪獣のバイラスの登場です。それまでの怪獣とはちょっと違った造型と、悪そうな目が恐い怪獣でした。前作まで以上にもガメラのスプラッタ度が増しているので(苦笑)、見ていて「痛そう」と思った記憶が鮮明に残っています。またバイラス人の宇宙船の造型もモダンでよかったですね。色合いが黄と黒の工事現場のロープだか、阪神タイガース色だかなのはちょっと疑問ですけど(笑)。
この作品は前作のヒットがあったのもかかわらず御家の事情で予算が大幅に削減されたそうで、過去フィルムの使いまわしはそういった大人の事情が絡んでいるそうで。湯浅監督もこの映画が最後で、まさかその後も続くとは思っていなかったそうです。ガメラが子供の味方だと明確にされたり、日本人と外国人の子供のコンビを話の中心に据えたり、ガメラ・マーチ(製作エピソードはこちら)が流れるようになったのもこの作品からで、その後も路線を継承していることから大きなターニング・ポイントになった映画でもあるみたいです。
【ガメラ対宇宙怪獣バイラス 1968年 日本】
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HERO 英雄 (2002)
http://santapapa.exblog.jp/5423456/
2006-08-05T23:58:00+09:00
2006-08-06T02:58:06+09:00
2006-08-06T00:04:12+09:00
santapapa
香港(中国・台湾)映画
「英雄、色を好む」と申しますが、そっちの方じゃない色が印象的な映画ですな。 紀元前200年の戦乱の中国で、国家統一を目論み次々に支配する土地を広げる秦王(陳道明/チェン・ダオミン)の元に、無名(李連杰/リー・リンチェイ)と名乗る男が拝謁に現れます。男が言うには秦王が最も恐れる趙国の3人の刺客、長空(甄子丹/ドニー・イェン)、残剣(梁朝偉/トニー・レオン)、飛雪(張曼玉/マギー・チャン)を倒したと言うのです。彼らの武器を証拠の品して見せられた秦王は、無名を特別に宮殿の中に招き入れて、どうやって刺客を倒したのかを聞きます・・・・・・。
美しい映画でした。結構好きです。ラストのなんともやりきれない感じが心に残る映画でもありました。
リー・リンチェイとドニー・イェンですので、どうしても『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱』みたいな超絶バトルを期待しがちですが、いくら程小東(チン・シウトン)がアクション担当でも 張藝謀(チャン・イーモウ)監督にそれを望むのは 無謀 野暮というもの。あの対決はあの対決でそれなりに楽しめました。ただこの映画がワイヤー・アクションのすべてだと思われると、それはそれで困っちゃう気もしますけど(苦笑)。それと、青い場面で後ろでひとりでくるくる回っているのはちょっと笑いそうになった気も。
ちなみに後に『ヘブン・アンド・アース』を見た時に、中井貴一がチェン・ダオミン扮する秦王に見えて仕方なかったです(笑)。あと、赤い場面で如月に扮する章子怡(チャン・ツィイー)が残剣に扮するトニー・レオンと絡む場面があるのですが、おちちが見えたと思ったらトニー・レオンのだったのでがっかりというのは絶対内緒です(苦笑)。きっと私以外にも5人ぐらいはいると思うのですけど(苦笑)。
この映画はワーナーの宣伝が功を奏して、当時の香港=中国系の映画としては久々の大きなヒットになりました。その3ヶ月後に日本で公開された香港映画なんて大変いい映画で現地の映画賞を総ナメしていてもっと話題になってよかったと思うのですが、観客席がガラガラだったことを思うと宣伝と世間の関心の違いにちょっと悲しかった想い出が。この映画は原題を邦題にしているのですが、これ以降ヒットの影響か、あちらの作品が変な英単語の邦題がつけられるようになってきたと思うのは思い過ごしでしょうか?(苦笑)
【HERO(英雄/HERO) 2002年 中国=香港】
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