女ひとり大地を行く

女ひとり大地を行く

洋画にも炭鉱の環境を絡めた話というのには『遠い空の向こうに』『ブラス!』、『わが谷は緑なりき 』などの名作が多くあります。日本にも炭鉱をからめた映画は公開を控えているものも含めていくつかありますが、その中のひとつ、亀井文夫監督の『女ひとり大地を行く』は、北海道の炭鉱労働者が一人33円ずつの出資によって1953年に独立プロによって作られた劇映画です。石炭作業が表向き華やかであった世界大恐慌から戦後までの時の流れを、山田五十鈴扮するサヨを通じて描かれています。



昭和7年(1932年)、秋田県横手在で農夫を営む山田喜作(宇野重吉)は生活苦のために、妻サヨ(山田五十鈴)と二人の子を残して北海道の炭鉱に出稼ぎに行きます。ところが炭鉱での労働があまりにも過酷でかつ非人間的な扱いに、喜作は耐えかねて脱走を図ります。折りしも坑内で大きいガス爆発事故が発生、喜作もその事故で亡くなったと思われてしまいます。仕送りが無くなったことにサヨが子供をつれて北海道の炭鉱へ行きますが、夫の喜作はガス爆発で死んだと知らされます。途方に暮れたサヨは二人の子供のためにも女坑夫としてそこで働くことになります。やがて戦争が始まり、炭鉱でサヨに好意をよせていた金子(沼崎勳)は出征によって戦死。終戦後、サヨは選炭婦になって、長男の喜一(織本順吉)は坑夫として働いていましたが、看護婦の文子(桜井良子)と駆け落ちしてしいまいます。そして次男の喜代二(内藤武敏)も坑夫となり、時代は朝鮮戦争の勃発によって炭鉱は増産の命を受けます・・・・・・。

ドキュメンタリー映画の監督として日本の映画界に大きな名前を残す亀井文夫監督の劇映画。1939年に国策映画として作られたはずの『戦ふ兵隊』が亀井文夫の演出によって中国戦線における日本兵の実情を映し出したために上映禁止、治安維持法によって逮捕・投獄されたのは有名な話です。その後も社会問題に対する鋭い切り口で映画を撮り続け、1987年に亡くなりました。

この映画は冒頭に大きく文字で出ているように、北海道の炭鉱労働者が一人33円ずつ出し合った資金を元に作られた劇映画です。もちろん炭鉱を中心に据えたテーマにしていくぶん教条的な部分も見え隠れしていますし、セリフ回しがちょっと古臭くも感じますが、充分見ごたえのある作品になっています。主役である山田五十鈴の汚れも気にすることなく、若い頃から年をとるまでを演じていく姿が見事です。山田五十鈴なしではこの映画の出来具合は大きく違っていたかもしれません。

また、かつては「黒い米」、「黒ダイヤ」と呼ばれて重工業の発達と共に産業の重要な基幹を握るエネルギーであった石炭は、その重要性から金を生む鶏でしたが、同時に炭鉱内での劣悪な労働条件はその裏に潜んで存在していました。この構造が過去のものでないことは、堀江邦夫の『原発ジプシー』まどを読むと明らかです。この映画では坑内の環境や働く様子、炭鉱の雰囲気や住環境が映し出されていって、そういった意味でも貴重な映像になっています。元々ドキュメンタリー映画の重鎮による映画ですし、モノクロームの映像であるからよけいに感じるのかもしれませんが、非常に力強さを感じる映像でした。特典映像で次男役の内藤武敏の現在のインタビューがありましたが、その中で夕張炭鉱、釧路の太平洋炭鉱での撮影の想い出が語られていて、それも当時を知る貴重な証言でした。

軽く暇つぶしになるような映画ではありませんが、歴史を越えてぜひとも多く人に見ていただきたい映画でもあります。


【女ひとり大地を行く 1953年 日本】
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by santapapa | 2006-04-29 14:07 | 邦画
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