マンボ・キングス わが心のマリア

冷戦

1950年代は世界的にマンボが流行っていたことがあります。俗に言う、マンボ・ブームでキューバに端を発したこのダンス音楽は文字通り当時は世界を席巻しました。



1953年のこと、歌手の兄セサール・カスティーヨ(アーマンド・アサンテ)とトランペット吹きで作曲をこなす弟ネスター・カスティーヨ(アントニオ・バンデラス)の兄弟は、キューバからニューヨークへと移住します。彼らは肉屋で働きながら職場の仲間とマンボ・キングスというラテン・バンドを結成して、小さなクラブから演奏活動を始めます。次第に評判が評判を呼んで大きななクラブでも成功を収めるようになるマンボ・キングスですが、ニューヨークのナイトクラブ界のボスの誘いを断ったために、仕事を干され一転して小さなパーティや結婚式などでの活動しかできなくなります。そんなある日、場末のクラブ・ババルーに出演中にラテン界の大スターであるデジ・アーナス(デシ・アルナズ)に認められて、彼の人気テレビ番組『ルーシー・ショー』に出演。一気にスター街道を歩み始めます。順風満帆の状況の中、セサールは楽園のように思うUSAでの派手な生活を楽しんで、ネスターはキューバのことを忘れるようにドロレス(マルーシュカ・デートメルス)と結婚しますが、次第に兄弟は対立していくようになります・・・・・・。

ラテン好きにはたまらない映画でした。封切り当時は上映館数も少なくすぐに打ち切りになったのですが、仲間うちで誘い合わせて見に行きました。まずは、ティト・プエンテとセリア・クルスというラテン音楽の巨星2人が出演しているのが嬉しかったですね。どちらも素のままといった感じで出ていましたし、「ラン・カン・カン」でティト・プエンテのいかにもといったティンバレス・ソロが映画の始めの方で炸裂します。これだけでも当時見に行った甲斐があったというか(笑)。

主題歌の「わが心のマリア(Beautiful Maria of My Soul)」はしっとりとしたボレーロで、確かアカデミー作曲賞のノミネートまで行ったと思います。いかにもといったボレーロではありますが、この曲がラストへ続く映画のキーになっています。

全体にラテンの熱気、ラテン・ファミリアの移住による想いと絆などが色濃く出てた作品でした。そういえば、この時ハリウッド・デビューだったアントニオ・バンデラスは今や大スターですね。


【マンボ・キングス わが心のマリア(The Mambo Kings) 1992年 USA】
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by santapapa | 2005-02-23 22:40 | 洋画一般
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