青春デンデケデケデケ

青春デンデケデケデケ

シンセサイザーがピコピコと言われるよりもずっと昔、エレキギターはテケテケと言われていました。それは香川県観音寺市ならずも全国的にそうだったそうです。



時は1965年の春。香川県観音寺市で高校入学を目前に藤原竹良(林泰文)は、昼寝の最中にラジオから流れてきたベンチャーズの「パイプライン」に電撃的な衝撃を受けて、高校に入ったらロックバンドを結成しようと決心します。ギターの得意な白井清一(浅野忠信)を出会い、浄泉寺の住職の息子である合田富士男(大森嘉之)を説得してベースをやらせ、ブラスバンド部の岡下巧(永掘剛敏)にドラムを頼んで仲間が集まります。そうなると次は楽器の調達。夏休みにアルバイトでお金を稼いで念願の楽器を購入。初練習でバンド名も「ロッキング・ホースメン」に決定してバンドの練習が始まります。そうするうちにスナックの開店記念パーティで念願のデビュー・ライブ、そして高校3年生になり最後の文化祭での演奏に臨みます・・・・・・。

現在50歳半ばになっている人が同時代で体験していたことだろうと思う青春映画です。とはいえ時代や事情や憧れの対象は違うとはいえ、共感できる部分も多い人がいると思います。

なぜか最後の部分以外は自主制作っぽい映像と雰囲気と音声だったのが、私的にはちょっと残念。でも青春しているなあというところはよく伝わってきました。楽器を買おうとするところなんかよくわかります。毎日毎日ショーウィンドウに顔をベッタリとくっつけて、家でカタログを何度も何度も飽きずに眺めてやっとの思いで買った楽器の輝きはずっと忘れられませんね。初練習から「ロッキング・ホースメン」の演奏がリズムが合いすぎるのは全然リアリティありませんけど(笑)。

この映画、音楽は久石譲だったんですね。最後の部分で久石譲らしい繊細な曲がバックに流れます。

私は高校時代は天文をやっていて、親しい友人(1人は現在お坊さんになっています)と学生科学賞にむけての研究をしている少年だったので、音楽とは縁がありませんでした。大学に入って冨田勲にあこがれてシンセサイザーを購入して、同時に当時在籍大学になかったSF研究会を設立して、取らなければならない単位がべらぼうにあったので勉学の傍らクラブ活動をしていました。留年が決まり大学4年になった時に友人Tから、地方でシンセサイザーを持っている人が少ないので「一緒にバンドをやらないか」と誘われて悪の道(笑)に入ります。なにせピアノも習ったことないしキーボードなんてまっとうに弾けない私を盛り立ててくれて、1年間卒業まで一緒にバンドをやってくれたことに感謝しています。

その後、大学5年の時にやはり友人が当時地元では有名だったカリスマックスというバンドにいて、キーボードに誘ってくれました。「下手だから無理だよ」といいながら、そいつの下宿でFMを流しつつ朝まで飲んでジンを1本空けた時には一緒にやろうと決めてました(笑)。卒業前に300人弱を集めて単独ライブをやって打ち上げの時には、2年間のいろんなことを思い出して、声だしてぼろぼろ泣いちゃいましたね、恥ずかしいけど。もう卒業したら音楽はやらないつもりでしたし。今もこんな感じでバンドやってるとは想像もつかなかったです(爆笑)。今もドラムのヤツとは近くに住んでいていい友人です。

音楽と青春といえば佐藤宏之のマンガ「気分はグルービー」(秋田書店)が大のおすすめです。こういうバンドが組みたくて卒業後2年して自分のバンドを組むのですが、それはまた別のお話。


【青春デンデケデケデケ 1992年 日本】
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by santapapa | 2005-01-16 20:59 | 邦画
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